日々の製作の様子を追って、お伝えして行きます。
 
NHK BS放送のおしらせ
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    JUGEMテーマ:地域/ローカル


    放送が延期になっていた “journeys in japan” の放送予定が決まりました。
    http://www.nhk.or.jp/bs/journeys
    6月15日(水)14:00〜14:30


    journeys in japan「仏像の里 大分県国東半島」<字幕スーパー>

    国東半島に数ある仏像の中でも圧巻といえば熊野磨崖仏だ。森の中の巨大な岩に掘られた不動明王と大日如来の像で、ユーモラスな表情で旅人を迎えてくれる。この地に仏像が多いのは、かつて独特の仏教文化が栄えたためだ。今回は大分在住30年のアメリカ人、ジョー・ラインハートさんの案内で仏像めぐりを楽しむほか、干潟でマテ貝を取ったり、土地ならではのグルメに舌鼓を打つ。



    (工房への訪問は、後半部分になります。)
    【2011.05.30 Monday 14:17】 author : nyo-ho
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    修復3・完成
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      3体完成














      3体・横


























      薬師如来像の修復が完成し、開眼法要がありました。 幾百年の年月で、傷つき破損した箇所を修理して金箔仕上げを行い、建立当時の姿に復元して、再度幾百年の歴史を加えるため、金箔を削ぎ落としつや消しをして、歴史の重みを加えて一連の作業は完成であります。 今度の修復作業で、感じた事があります。 極彩色や切金仕上げも仏像製作には必要な約束事と思いますが、幾百年の長い歴史を生き抜いた仏像様には強い力を感じます。 長い年月で、削ぎ落とされ、包み込み、重みと深み、私たちの思考の及ばない世界であります。 

      私も雑用の整理がつき、俱利伽藍大龍の製作 進めています。一度彫ったお顔が満足いきませんので、再度お顔に挑戦しています。

       倶利伽藍・頭















      倶利伽藍・首
      【2011.03.30 Wednesday 09:38】 author : nyo-ho
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      修復2
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        足許


















        おやくし



























        フナ板



























        月光



























        日光

        修復の工程で不思議な箇所がいくつかあります。
         製作担当した工人の技量(倆)からすると、お手と足の作りが技術的に劣り不自然であります。
         二三度修理した形跡がありますので、その時作り替えられたのではないかと推測致します。薬師如来本体と手は、別の工人が作ったのではないかと思いますが、特に左手はあまり不自然ではないので、現状で修復して行きます。 
        現代に比べ、道具も少なかったと思われ、小さな丸鑿で大きな円曲をこまめに彫った鑿跡が見て取れ、工人の思いが伝わるようです。
         修復作業中、明らかに製作当時の作ではない事が確認されても本体と違和感がなければ、そのまま修復作業を続けて行きます。
        多少の技術の差を比べて心の量を大事にし、後世に修復した工人の努力した心も汲んでその足跡も残してやりたいと考えています。
        【2011.03.30 Wednesday 08:28】 author : nyo-ho
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        journeys in japan(海外向け番組のご紹介)
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          NHK world で放送になる、国東半島を巡る旅。
           海外で、3月15日放送となります。
          下記のサイトで確認出来ます。

          http://www.nhk.or.jp/nhkworld/english/tv/journeys/index.html

          震災の影響で、海外の放送予定も大幅に変更されたようです。
          新しい情報はまだ知らされていません。ご了承下さい。

          国内の放送も4月からの新しい番組編成もあり、まだ放送予定が定まっていないようです。
          情報が入りましたら、お知らせ致します。
          【2011.03.11 Friday 08:52】 author : nyo-ho
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          修復
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            お顔;お薬師さん  平安後期と思われる 薬師如来三尊像  の修復を息子の常晃が作業進めています。
              修復とは、傷ついた箇所を元通りに修理して、製作年代からの風化に合わせて時代色を施す作業かと思います。
              近年は、仏像修理の主流は現状維持して、これ以上風化が進行しないための作業のようです。美術院の 西村公朝先生の時代とは考え方が変化しているようです。
              わたくしの個人的な考えは、お仏像様は建立当時、美術品や文化財として製作されたものではなく、あくまでも人々の心に寄り添い、礼拝仏として人々の中にあって共に歩き、長い年月を生き続け、傷ついた仏様なのです。傷ついた仏像は、治療して治してあげたいと思います。
              貴重な仏教学的研究の史料にあたる仏像もあることは承知していますが、全て文化財で保存が必要とは私は考えていません。文化財からもれた仏像様は、入院治療して元の礼拝仏に戻してあげたいのです。






            本体  今、作業している仏様は本当に感動を覚えます。
              脇侍の仏様は、如来様より少し年代が若く同時代の作ではないようです。
              奈良の法華寺、十一面観音像を思い出させます。
              刀の運びも鋭く、容姿もしっかりと腰が座り人々の心の願いを正面から受けとめて下さる風貌であります。
              感動する心は人によってそれぞれ違がありそうで、美人に見える人もあれば不美人に目に映る人もあり、その人物の歩いて来た人生観で大きく見方、受けとめ方が違うと思います。

              わたくしが昭和四十八年三月十一日、宝明院戒道場において 傅授大阿闍梨大僧正法印大和尚位、宮本義範師より戒を受け、師の徳のお蔭で現在まで仏師として生きてこられたことに本当に感謝して、現在行き終わり支度の準備しながら息子に託していきたいと考えます。





            脇侍

            【2011.02.26 Saturday 11:31】 author : nyo-ho
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            俱利伽羅大龍不動明王 2
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              龍頭


              儀軌に沿って彫り進めています。龍は角が2本ありますが、俱利伽羅龍は一角であり、背には剣の様な長い突起が7本あります。何故に角が一角なのか、剣の様な7本の突起に意味する事が知りたくて、(小倉の)住職にお願いし資料送って頂きました。漢文のためわたくしの能力ではとても理解する事が敵いません。
               仕事上、必要に応じて住職にご教授願うことにして、私は決められた儀軌を守り彫り出す事が仕事であります。彫り出された儀軌の意味をもって、国家のため人心教化のため、祈願する役目は住職の仕事と思い、わたくしは自分の仕事を前に進めます。仕事させる人、仕事する人が相互に思い合いながら、仏像が仕上がっていく事が、仏像製作に最も必要な事かと思います。

              (インダス文明;BC.2600〜1800)インダス河上流地方で 民族大移動があり、アーリア人がインドに武力征服しながら、お釈迦様が誕生した地方へと移動したそうです。同じアーリア人でも、インドに侵入せず、平和的に混血しながら、インダス河河口へと下り、海を渡り、他国と交易して文化が栄えました。その交易で荷物の封印に使用された印が、一角獣だそうです。俱利伽羅龍の一角と何の関係もないと思いますが、空想するのも楽しいです。
               ゴーダマ・ブッダの時代の文字は、貨幣(金貨)や石文で解読が進んでいますが、一角獣の印で交易していた文明の文字解読は進んでいないそうです。解読が進み、一角獣の事がわかれば、仏教学者の古宮先生が教えて下さる事待ちながら〜。何の役にも立たない事ばかり考え、今日も木を削りました。

              龍の頭
              【2011.01.13 Thursday 09:47】 author : nyo-ho
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              倶利伽羅大龍不動明王
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                火付け

                礼

                のみいれ

                護摩

                護摩焚き

                 平成22年12月になり、私の進路も少し変わりかけています。  儀軌を大切に守る、北九州市小倉北区清水(きよみず)の青龍山、清水寺様とのご縁があり  倶利伽羅大龍不動明王像 製作させて頂くことになりました。清水寺は、私が 足立妙見山、清水の滝で初めて不動尊を彫った霊場から見ると、正面30キロくらいの位置に存在する寺で、当時より気になる寺でありました。50年の年月を過ぎて今、ご縁が生まれ、無量な思いであります。昨年12月28日に安全製作のために、私の道具に護摩祈願して下さいました。現在まで数多くの 倶利伽羅大龍不動明王像 を作りましたが、儀軌通りに製作するのは初めてであります。作造には道具も大事でありますが、道具を使うには身体が必要であります。身体がとても大事な道具でありますので、毎日 朝4時に起き、50分歩き、30分筋肉トレーニングをしています。これからもっと自己管理徹底して、身体を作り、知識の池は広く、教養の井戸は深く掘れと仏教学者の古宮先生から教えて頂きましたので、何かのためになる仕事ができるように思います。
                【2011.01.01 Saturday 22:29】 author : nyo-ho
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                仏像に思う 
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                   近年、自分の製作する仏様に感動もなく、惰性で作り無力感があり何とかしなければと思いながら日を過ごしていました。最近になり気付いた事があります。
                  仏像彫刻は、鎌倉(時代)で頂点に達しているようです。目には水晶で玉眼し、生身表現する技法は、極みに達っしています。鋼の質もよくなり、道具も多くなり思い通りの作造が可能になった時代かと思います。しかし、天平や古い時代の仏像に秘めた力強さが殺ぎ落とされている気がします。道具が便利になった分、心が抜け_現代人に似ているようです。手で作る作品には限界があり、器用に作れば作る程、薄い作品になる気がします。
                  不動尊の牙も、猪の牙の様に外に大きく突き出ている像もありますが、小さく噛み締めた奥にこもった力強さもあると思います。
                  私は、外見の強さより、内心の強さの方が好きです。
                  現在は、着飾った姿や額縁に入った書画を良いと見るようですが、外見より中身が大事かと思います。
                  私の仏像も、早く作り、見た目もよく作っていましたので、いつの間にか、薄い、浅い仏像になっていたようです。
                  人はいろいろな思考を持っていますが、人の目線より自分を掘り下げ、点と点をつなぐと線になり、その線は子供の皮膚の線と、老人の線と見分けがつきますので、心と線を大切に考え、初心に戻り、仕事をしていけば少し変われると思っています。
                  【2011.01.01 Saturday 22:01】 author : nyo-ho
                  | 仏像 | - | - | - | ログピに投稿する |
                  初心に返る
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                     此頃、自分の仏像に満足いかない年月が続いていましたが、今月に入り、わたくしに戒を授けて下さった宮本先生を知る、北九州の御住職の来訪があり懐かしくお話し伺いながら昔を思い出しました。

                    すっかり初心を忘れ、いつの間にか人より早く、きれいに彫り上げる事ばかり専念しておりました。
                    小手先だけは上手になっていますが、仏像作りに一番大切な、誰かのための心が無くなっていました。
                    心で作業していないため、自分の作になんとなく訴えるものがなく、満足いかないのではないかと思い、次回から初心を思い出す努力をせねばと思います。
                    【2010.12.20 Monday 15:51】 author : nyo-ho
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                    供養
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                      何かに対して、お供養させて頂く事は、とても優しい心かと思います。
                      命あるもの全てリンクして殺し合い、助け合いながら命をつないでいます。
                      その影になった部分に対しての供養であれば、本当に素敵な心かと思います。
                      生きて行く道中で、自分の思う様にならない苦しみや不幸が重なる時、人は次元の違った仏様や先祖供養をして、苦しみから逃れようと思うのですが、そのような取引的な心は賛成できません。
                      私たちは、仏様やご先祖の供養より、今の世を生きるもの同士で相互に供養し、相互に礼拝し合い、助け合い、人生の修行を積まなければならないと思います。

                      自分の現在の境遇は、過去の生活の現れであり、あくまでも自己責任と捉えるべきです。
                      僧侶に頼んで、お経や供養も悪いとは思いませんが、大事なのは、故人を思い、語り、自分の食する前に、故人にお先にどうぞ、という心が供養かと思うのです。
                      本当に、お経や供養が大切なのは仏法、と僧侶が認識していれば、葬儀屋の都合で、葬儀の時間短縮する事もないはずです。また、火葬場の都合で、引導作法より先に火葬するするといったような、故人に対しての無礼な行動はしないはずです。
                      今はドライアイスもありますので、時間の調整はつくはずです。

                      インドでは、ブッダ(覚者)といわれた人、多くいたそうですが、ゴータマ・ブッダより随分前期に、法蔵菩薩が48の大誓願を成就され、今は阿弥陀如来になられています。全て救い漏らさないと、約束して下さっていますので、供養してあげると、高所な立場ではなく、素直にお任せするのも良いかと、私は思います。

                      限界を越えた努力を重ねても、境遇が好転しない時は、少し休む事も選択肢の一つです。
                      私は、木を彫らせて頂いておりますが、木は1年、2年くらいは生長を休んでいる事を年輪から読み取れます。大風で枝が折れたり、水害で根が洗われ、生命が危なくなった時かと考えられます。

                      修験者も、山をかけ、野に伏して、その見得をあらわすと申します。
                      山水草木、全て仏性あり、我が本尊なりと考え、自然から学び取ります。
                      松の木も人の力で縛りかけられ、曲げられていますが、芽は上を目指しています。どのような境遇にあっても、心の芽だけは上を見つめる心忘れない様に、生活したいものです。
                      【2010.07.01 Thursday 23:57】 author : nyo-ho
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